本日はよくいらっしゃいました。毎年めぐってくるクリスマスですが、改めて皆さんと共に記念したいと思います。2000年前あまりにも驚くべきことが起こりました。この世界の造り主、万物の支配者である神様ご自身が人間となってこの世界にお出でになったというのです。「まあ、物語としてはよくある話ではないか」と、誰でも思うかもしれません。私もその一人でした。でもそんなこと誰もまともに本気にしてはいないだろうと・・・・。ところが驚いたことに、教会とクリスチャンたちはこれを心から信じているということが分かりました。どうかしているんじゃないかという気持ちでしたが、でも幸いなことにそれで終わりませんでした。少しずつ聖書を学びました。そして今では頭がおかしいと言われる一人になりました。しかし驚くべきことに、同じように頭のおかしい人々の流れが2000年以上に渡ってわたって途切れることなく、今も世界中に生まれているのです。聖書にも、歴史上の世界帝国は皆滅び、移り変わっても、キリストの国は世界の全土に満ちて滅びることがないと、預言されています。そしてその如く、キリストの国は、今も広がり続けているのです。それは一体何なんだろうと・・・、クリスマスから始まるイエスキリストという人のことを、興味を持って考えていただければ幸いです。

 「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」等で、キリスト教信仰を証ししたドストエフスキーは、若い時、皇帝反逆罪で死刑を宣告されました。銃口が掲げられた銃殺されようとするその瞬間、皇帝の慈悲によって、劇的に恩赦が宣告され、シベリヤ流刑となるのです。死の淵を覗いて生還したその瞬間から、人生は彼にとって、はかり知れないほど貴重なものとなりました。シベリヤへ向かう列車に乗る時、一人の敬虔な女性から聖書をもらいます。それは収容所で読むことのできる唯一の書物でした。彼はそれを熟読します。そして10年後、彼は不動のクリスチャンとして流刑生活から帰ってくるのです。彼の有名なことばは次のことばです。「キリストは真理ではないと私に証明する人がいたら・・・そのときは、私は真理よりもむしろキリストと共にあることを望むだろう」と。

 このクリスマスシーズン、人となられたイエス・キリスト、まことの神の神なる方が、お一人ひとりに近付いてご自身を知らせてくださいますようにと願います。
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 2015年11月9日に「喜寿(77歳)」を迎える宮下愛子姉に、花束を贈呈しました。

 おめでとうございます。いつまでもお元気で。

宮下さんS
2015.07.05 賛美礼拝
 7月5日は賛美礼拝でした。賛美に耳を傾けながら、心から主をほめたたえました。

 説教はありません。
2015-07-05ラベンダースティックS

 山井姉宅で7月5日、毎年恒例のラベンダークラフト作りをしました(リボン)。十数人が集まり、初めての人もベテランの人も素敵な作品ができました。

 今年は卵の殻にラベンダーの花を詰めてラベンダーエッグも作りました(イースター)。

 手作りケーキとコーヒーもいただき、楽しいひと時を過ごしました。山井姉に感謝です。
クリスマス

 本日はよくいらっしゃいました。毎年めぐってくるクリスマスですが、改めて皆さんと共に記念したいと思います。2000年前あまりにも驚くべきことが起こりました。この世界の造り主、万物の支配者である神様ご自身が人間となってこの世界にお出でになったというのです。「まあ、物語としてはよくある話ではないか」と、誰でも思うかもしれません。私もその一人でした。でもそんなこと誰もまともに本気にしてはいないだろうと・・・・。ところが驚いたことに、教会とクリスチャンたちはこれを心から信じているということが分かりました。どうかしているんじゃないかという気持ちでしたが、でも幸いなことにそれで終わりませんでした。少しずつ聖書を学びました。そして今では頭がおかしいと言われる一人になりました。しかし驚くべきことに、同じように頭のおかしい人々の流れが2000年以上に渡ってわたって途切れることなく、今も世界中に生まれているのです。聖書にも、歴史上の世界帝国は皆滅び、移り変わっても、キリストの国は世界の全土に満ちて滅びることがないと、預言されています。そしてその如く、キリストの国は、今も広がり続けているのです。それは一体何なんだろうと・・・、クリスマスから始まるイエスキリストという人のことを、興味を持って考えていただければ幸いです。

 「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」等で、キリスト教信仰を証しするドストエフスキーは、若い時、皇帝反逆罪で死刑を宣告されました。銃口が掲げられた銃殺されようとするその瞬間、皇帝の慈悲によって、劇的に恩赦が宣告され、シベリヤ流刑となるのです。死の淵を覗いて生還したその瞬間から、人生は彼にとって、はかり知れないほど貴重なものとなりました。シベリヤへ向かう列車に乗る時、一人の敬虔な女性から聖書をもらいます。それは収容所で読むことのできる唯一の書物でした。彼はそれを熟読します。そして10年後、彼は不動のクリスチャンとして流刑生活から帰ってくるのです。彼の有名なことばは次のことばです。「キリストは真理ではないと私に証明する人がいたら・・・そのときは、私は真理よりもむしろキリストと共にあることを望むだろう」と。

 このクリスマスシーズン、人となられたイエス・キリスト、まことの神の神なる方が、お一人ひとりに近付いてご自身を知らせてくださいますようにと願います。