【聖書】

ヤコブ 1・1・12

【説教】
「人生の旅路のルール」

↓早津栄牧師の説教(三角印をクリックすると声が流れます)

説教:人生の旅路のルール by Heavens Gate on Mixcloud


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大雪

 いきなりの早い大雪に驚かされてのクリスマスと年末になりました。四国地方の大雪には全く驚きましたが、予報の精度が上がった今日もなお予測が困難なことがあるということは、私たちにとってはむしろ幸いとも言うべき神様の知恵なのでしょう。支配できないこと、分からないことはストレスでもありますが、主の恵みであるという見方を聖書は教えています。伝道の書の有名な一節の、その後半のフレイズが味わい深く響きます。「順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。これもあれも神のなさること。それは後の事を人にわからせないためである。」(7・16)

 私たちの人生もまたこのみことばから慰めと励ましを得るのではないでしょうか。2014年が終わります。年の終わりはそれぞれいろんな感慨を覚えるでしょう。感謝と恵み、そして試練と忍耐。上のみことばにある如く、誰も順境と逆境が織り合わされた模様を見ることができるのではないでしょうか。

 ある人にとっては、今まで比較的穏やかに単調に推移していた模様が、激しくはっきりとその色合いを刻んだ年であったかもしれません。私たちクリスチャンにとっての人生観の土台は、すべての事柄を神との関連で捉えることです。これはもちろん当然な考え方ですが、信仰のない人には無縁なある種のストレスももたらすことになります。一般の人が偶然とやり過ごすところも、すべて神との関連で考えますから、神が、しかも圧倒的な愛の神がおられるのに、一体これはどうなんだと思考が回るからです。そんな私たちに聖書は繰り返して深遠な知恵を与えています。たとえば、「主の思いはあなたがたの思いよりもはるかに高い」(55章)というイザヤ書のみことばはその代表ですが、伝道の書もまたこの知恵を強調しています。私たちの針は目の前のことに過剰反応しますが、聖書の針は悠然としているということでしょうか。わからないこと、思うようにならないことは、不思議な恵みだと、この計器は示すのです。年の終わり、改めて聖書の示す揺るがない恵みの計りを通して、すべてのことを感謝したいものです。
 「耳を澄ませて、本当のクリスマス」をテーマに、クリスマス礼拝が行われました。聖書朗読や賛美、祈り、ハンドベル演奏、クリスマスメッセージ、キャンドルサービスなどが行われました。

クリスマス礼拝

↓クリスマス礼拝の模様

クリスマス礼拝 by Heavens Gate on Mixcloud



クリスマス

 本日はよくいらっしゃいました。毎年めぐってくるクリスマスですが、改めて皆さんと共に記念したいと思います。2000年前あまりにも驚くべきことが起こりました。この世界の造り主、万物の支配者である神様ご自身が人間となってこの世界にお出でになったというのです。「まあ、物語としてはよくある話ではないか」と、誰でも思うかもしれません。私もその一人でした。でもそんなこと誰もまともに本気にしてはいないだろうと・・・・。ところが驚いたことに、教会とクリスチャンたちはこれを心から信じているということが分かりました。どうかしているんじゃないかという気持ちでしたが、でも幸いなことにそれで終わりませんでした。少しずつ聖書を学びました。そして今では頭がおかしいと言われる一人になりました。しかし驚くべきことに、同じように頭のおかしい人々の流れが2000年以上に渡ってわたって途切れることなく、今も世界中に生まれているのです。聖書にも、歴史上の世界帝国は皆滅び、移り変わっても、キリストの国は世界の全土に満ちて滅びることがないと、預言されています。そしてその如く、キリストの国は、今も広がり続けているのです。それは一体何なんだろうと・・・、クリスマスから始まるイエスキリストという人のことを、興味を持って考えていただければ幸いです。

 「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」等で、キリスト教信仰を証しするドストエフスキーは、若い時、皇帝反逆罪で死刑を宣告されました。銃口が掲げられた銃殺されようとするその瞬間、皇帝の慈悲によって、劇的に恩赦が宣告され、シベリヤ流刑となるのです。死の淵を覗いて生還したその瞬間から、人生は彼にとって、はかり知れないほど貴重なものとなりました。シベリヤへ向かう列車に乗る時、一人の敬虔な女性から聖書をもらいます。それは収容所で読むことのできる唯一の書物でした。彼はそれを熟読します。そして10年後、彼は不動のクリスチャンとして流刑生活から帰ってくるのです。彼の有名なことばは次のことばです。「キリストは真理ではないと私に証明する人がいたら・・・そのときは、私は真理よりもむしろキリストと共にあることを望むだろう」と。

 このクリスマスシーズン、人となられたイエス・キリスト、まことの神の神なる方が、お一人ひとりに近付いてご自身を知らせてくださいますようにと願います。
 暖冬予報の中、先週はこちらでは最初の降雪でありながら、いきなりの大降りとなりました。四国地方が降雪で孤立したとのニュースにも驚かされました。自然はあなどれないと改めて実感させられることにもなりました。文明の進歩がいろんな領域で人間の支配を強化しているような今日、災害は残念なことですが、神様は時々、人間を越えたものに気付かせようと警告を送られるのでしょうか。

 いよいよ選挙の週となりました。全体としても盛り上がりに欠けるとのことですが、それが自民党にとっては好都合でもあるようで、これに乗じて国のあり方がさらに思わしくない方向に強引に持っていってしまわれるのではないかと心配です。今の内なら、議席は減らしても勝利できると踏んでの解散だったという見方が大方の解説でしたが、それが何と、早々と、自民党圧勝との事前予想が各紙から出されました。いきなり大きなパンチを喰らったようで、戦う前から戦意喪失のような虚しさに襲われた人も多いのではないでしょうか。

 この二年間の安部政権の危険な兆候に、民意は反発し、少なくとも健全なコントロール票を投ずるのではと予想していましたから、不可解としか思えません。しかしこれが現実なら、これからの政権は、またも民意を得たということで、更に今までの路線を強化することになるだろうことを現実のこととして警戒し、まあ大丈夫だろうと高をくくっていた猶予期間が縮められて、時間が急速に回り出すかもしれないことに備えなければなりません。安倍首相は、大丈夫です。私たちを信頼してください。皆さんが心配しているようなことには決してなりませんと宣伝していますが、多分、彼自身もそう思っているのでしょうね。指導者がそう楽観していることこそが問題なのでしょう。

 直近の歴史は、国家という魔物が、制御不能のように回り出し大きな破壊をもたらしたことを示しています。そして誰も責任を取ろうとしなかったのです。お上にお任せ、私たちは知らなかったのですという言い訳を、またも繰り返すことがないようにと、私たち自身も問われています。
 12月21日(日)午前10時30分から、クリスマスの集いを開きます。

教会おしらせ
【聖書】

ヨハネ 1・1-8

【説教】
「人となられた30年」

↓早津栄牧師の説教(三角印をクリックすると声が流れます)

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20141205初雪

 12月に入ったとたんに記録的な寒波となり、北日本は言うに及ばず、西日本や九州にまで雪が降りました。今回は新潟を素通りしたようで得をした気分ですが、いよいよ雪の季節ですね。なかなか歓迎する気分にはなれませんが、それでも何となく気分はしゃんとするようでもあります。寒い朝、すっかり冬支度の子どもたちが、でもいつものように元気に登校する姿を見ると、彼らの元気が伝わってくるようです。確かに子どもたちは、寒さも雪も気にしないで、楽しい生命力があふれていますね。

 同じく12月早々、選挙戦もスタートしました。大義は?と首を傾げられる選挙ですが、それでもこの機会を積極的に捉え直して、日本の針路に良い影響を与えるようなときとなるように祈り、一票を投じたいと思います。景気浮揚、財政再建、税制、社会保障問題と、連日大きなテーマが論じられています。素人目にもどれも難題で、識者の意見もまた二分されます。一方はこの道しかないと言い、他方はその道は破滅だと宣伝します。ことはそれほどに両極端に分かれる難題ということでもあるでしょう。一体どう判断したらいいのか、ということが誰にとっても正直な感想ではないでしょうか。もちろんどんなに確信っぽく、威勢のいいことを言っているようであったとしても、政治家自身もまたそう演じなければ、深い半信半疑を覆うことができないのでしょう。それは政治家の限界ではなく、広く人間の限界ということでもあります。

 事実私たち人間は、自分のいのちを一瞬先さえ支配しえているものではありません。いのちや健康に関してはそうであるなら、政治経済や社会的な状況もまた同じような限界を持っているといわなければならないでしょう。であればこの限界を謙虚に認めた政治姿勢が必要ではないでしょうか。不安な時代は強いリーダーシップを求めます。でも事柄の性質上、政治は強くなってはいけないとも言えます。人生もまた同じですね。演じられた強さを見抜き警戒し、のろのろと歩む誠実さこそ選びたいものです。