【聖書】

 ガラテヤ 5・13~26

【説教】

 「御霊によって歩みなさい」

↓早津栄牧師の説教(三角印をクリックすると声が流れます)

説教・御霊によって歩みなさい by Heavensgate on Mixcloud

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晴天

 びっくりするような快晴が連日続いています。このところ予報も晴れマークだけで埋まっています。記憶は定かではありませんが、こんなに天気が続くなんてあっただろうかと、改めてこの時季のことを考えさせられています。曇り空の多い私たちの地域にあっては大いに歓迎ですが、でもこれから先の天気はどうなるんだろうかと少し不安でもありますね。ともあれ、湿度の少ない気持ちよい季節の恵みが、私たちの心身にまでいきわたりますようにと祈ります。

 国会は今、安保法制の審議に入り正念場を迎えています。国会議員さえほとんど分かっていない複雑な中身と揶揄されていますが、分からないままで押し切られないように、与野党含めて議員たちの良識ある健闘を本当に祈らなければなりませんね。複雑さの正体は、門から正々堂々と入らずに脇道から侵入して、本音を隠しながら、見た目を人受けのよいものにしようとする姑息さのゆえと思えてしまいます。盛んに平和主義や平和法案なることばを使うのも、後ろめたさの表れと思えますが、もしかして本当に政府がこのことばを信じて使っているなら(そのようですね?)、あまりにも溝が深くてやりきれない気持ちになってしまいます。

 政府が言うように昨今の国際情勢は平和ではありません。まともな論理が通じない違う人種がいるのだと思わせるような国々や指導者の動きを感じてしまいます。それに対抗するにはそれなりにと、考えるのも無理からぬことでしょう。しかし、歴史の教訓も私たちの日常の小さな経験も、防衛や牽制をエスカレートすることは、せいぜい冷戦という果実を生むだけで、決して平和という良い果実を生むことは無いということではないでしょうか。今週発表された中国の防衛白書は、大国意識を露骨に表し、アメリカと対抗しようとしているといわれます。繰り返される誘惑の道ですね。大国意識や覇権争いは真に災いです。日本が間違ってもこんな亡霊を追い求めることがないように、国民一人ひとりの価値観と直結していますね。
 2015年6月7日に、恒例の「きょうかいバザー」を、新井聖書教会で開きます。時間は午後0時30分から3時30分です。

 バザーでは日用品や衣類が並びます。また、つきたての餅、焼鳥、ホットドッグ、焼きそば、韓国チヂミ、手作りケーキやパンが販売されます。抹茶席もあります。

 収益の一部は、ワールド・ビジョンを通じて、シリアなどの支援に献げています。

 一般の方も大勢おいでください。

バザー

 2015年6月13日(土)に、上越市の上越文化会館中ホールで、ゴスペルシンガーの向井かおりさんをゲストにお迎えして「ライフラインのつどい」が開かれます。

 開場は午後6時30分、開演は午後7時です。

↓向井かおりさんのプロフィール
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%91%E6%97%A5%E3%81%8B%E3%81%8A%E3%82%8A

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表

↓ちらし(裏)
裏

2015.05.24
【聖書】

ガラテヤ 3・1~14

【説教】
「御霊の内住」

↓早津栄牧師の説教(三角印をクリックすると声が流れます)

説教:御霊の内住 by Heavensgate on Mixcloud

若葉

 先週は、5月の爽やかな気候の中、旧新井市の山間部にトラクトを配布しました。私の配った集落は、家々が急な斜面にへばりつくように建てられていました。わざわざ便利の悪いところを選んで建てているようで、今の感覚からは不思議な感じを覚えました。道に出るまでがとても一苦労でした。しかし一昔前までの人々は、毎日この不便な狭い道の登り下りを、まるで当然の如くに繰り返していたのだと思うと、昔の人々の体と精神の頑健さというか、忍耐強さというものに尊敬の気持ちが湧き上がります。今の時代のできるだけ早くという感覚からは、全く逆をいっているようです。スローライフということばが当てはまるでしょうか。でも何か精神の健全性はこのようなあり方とともにあるようにも思えます。

 時間に関していえば、やはり私たちは時間のかかることは苦手ですね。何事もできるだけ早くと思ってしまいます。今週は橋下大阪市長の提起した都構想をめぐって、費やされた5年間の政争に一応の決着が付けられました。問題提起は意味のあったものと思われますが、橋本市長自身の個性や政治手法へのアレルギー反応が反対票に結びついたともいえるのではないでしょうか。彼の都構想への強烈な確信からは、5年間は随分長かったのではないでしょうか。そして結果もまた彼の賢明な確信からは愚民の選択と嘆かしめたことが本音ではなかったでしょうか。「大阪の民主主義は素晴らしい」との敗北会見が本音であったかは分かりませんが、でもことの本質を突いているものでしょう。

 民主主義は時間がかかるものなのですね。確信的な政治家はこれを嫌って、短時間で自己の確信に誘導する誘惑は強いでしょう。今の安倍政権もまた本音は橋本流で行きたいのでしょう。でもこれは政治家だけの誘惑ではなく、日常の茶飯事でもあります。誰も、これは絶対に正しいと確信をもつ事柄があるとき、反対意見に耳を傾けたりすることは愚かで時間の無駄だと思ってしまいます。しかしこの時こそ民主主義が問われている時であり、それ以上に私たちの人間性が問われていると心得たいと思います。
【聖書】

I コリント 13・1~23

【説教】
「一番幸いなことは」

↓早津栄牧師の説教(三角印をクリックすると声が流れます)

説教:「一番幸いなことは」 by Heavensgate on Mixcloud


↓大洞原の菜の花
大洞原S

 ああ5月、5月と、5月への賛美は尽きません。窓から見える南葉山は、残雪がだんだん頂上に押しやられ、緑が全体を覆おうとしています。もう少しゆっくりであって欲しいと願いますが、じきに夏山の景観になるでしょう。芽吹きの景色はどちらかと言うと少しずつ進行するように思えますが、芽吹きが終わって新緑になると一気に緑が進んでしまうように思えます。個人的には、それに連動するように、一年のサイクルが忙しく回り出し、時間に追いかけられるように思えてしまって心穏やかではありません。皆さんはどうでしょうか。

 最近はあまり聞かれませんが、5月病ということばがあります。素晴らしい5月に似つかわしくないようなことばですが、これは人間社会の現象を表現しています。新年度がスタートして一ヶ月、新入生や、新社会人にとって、一種の倦怠期や試練が始まるということでしょうか。何となくふわふわしたロマンチックなスタートから、だんだん現実の興醒め、そして忙しさに投げ込まれる日々がやってきます。そこへの適応の試練を表しているのでしょう。

 まして今日は一昔と比べて、社会の変化は急速で、仕事の環境も、個人生活もそれに忙しく対応していかなければなりません。意識的には気付いていないとしても、私たちの精神と体は、見えない過重なストレスにさらされて、悲鳴を上げることになるのでしょう。このような社会にあって、未だ人生経験の浅い若者たちには余計重荷がかかります。上手に精神と体を管理することは至難の業ですね。

 聖書の神は、「重荷を主にゆだねよ」「一日の労苦はその日に足れり」と教えて、私たちが上手にストレスを分散するように、溜め込まないように教えます。あなたはもうそれ以上するな。あなたの分はそこまで、後はわたしがするから、あなたは休みなさいと、神は命じておられるのです。能天気ではありません。人間のできることはほんのわずかです。日々この神に繰り返し重荷をゆだねて、自らを軽くすることでわたしたちは救われるのです。
【聖書】

箴言 4・1~27

【説教】
「あなたの父と母を喜ばせよ」

↓早津栄牧師の説教(三角印をクリックすると声が流れます)

説教:あなたの父と母を喜ばせよ by Heavensgate on Mixcloud

2015-05-13南葉山S

 よく晴れて夏日ともなる日が続いたゴールデンウイークでした。不順だった4月の気候を一気に挽回したようです。庭仕事や畑仕事を楽しんだ人も多いでしょう。毎年この時季に楽しみにしているのは、南葉山の斜面に広がる緑の微妙なグラデーションですが、今年はどうやら林道が雪に閉ざされている間に、あっという間に緑化が進んでしまったようで、淡くぼかしたような素晴らしい景観を見損じてしまいました。そういう意味では風景もまた生きていて毎年同じというわけではないのですね。しかしこの緑萌える5月は神の恵みを圧倒的に証ししています。

 私たちの人生の日々もまた、本当は一日たりとも同じではありません。いつも同じことの繰り返しのように思えてしまいますが、確実に少しずつ変化しています。そしてこの変化が自然界以上に、神の恵みの目的に従って進行していることを聖書は教えています。人生の日々が神の恵みによって支配され、進行していることを信じることはどんなに慰めでしょうか。

 聖書は神の恵みを力強く証ししています。初めから終わりまで、恵み、恵みと鳴り響いています。しかしこの恵みを定義することは至難の業です。それほど人間には信じがたいものだからです。あえて表現するとすれば、「値しない者に注がれる神の法外な愛といつくしみ」といわれます。しかし、この法外なというレベルがとてつもない大きさであるためになかなか理解できません。私たちは誰でも、神の恵みと愛は、それに値する者にふさわしく注がれるものだと考えるからです。しかしこの全く正当だと思える定義は、私たち皆をこのすばらしい恵みから締め出してしまうのです。というのも、自分はそれにふさわしい者ではないと思えてしまうからです。人生には多くの失敗や悔いが刻まれます。それは過去に刻まれているだけではなく、悲しいかな、未来にもまた確実に刻まれるのです。それが私たちの人生の四季なのです。しかしそれらのすべても、自然界が緑に飲み込まれるように、恵みの色によって変えられていくことを信じていいと招かれているとは何という幸いでしょうか。
【聖書】

エステル 3・1~6

【説教】
「モルデカイの戦い」

↓早津栄牧師の説教(三角印をクリックすると声が流れます)

説教:モルデカイの戦い by Heavensgate on Mixcloud


2015-05-02いもり池水芭蕉S

 ようやく安定してよい天気が続いています。気候、自然ともに一年の最高のときを迎えますね。先日の夏日には今年初めてTシャツで除草作業をしました。幸福な満ち足りた一日となりました。植物が太陽に向かって葉を広げるように、私たち人間も陽射しを求めて霊的な光合成をしているのかもしれません。

 今週は憲法記念日です。戦後70年の節目と盛んに言われていますが、憲法もまた、戦後の歩みを重ねてきました。しかし昨年、安定多数に意を強くした自民党政権によって、憲法解釈改変による集団的自衛権容認の閣議決定がなされたことに端を発して、憲法をないがしろにするような動きが加速しています。自民党の本音は現憲法の改正? にあるわけですが、正式に十分議論をする前から既に都合よく憲法を解釈改変して、その改正に道筋をつけているようなあり方に心ある多くの人々は怒りと危機感を強くしているのではないでしょうか。先日は、日米防衛指針(ガイドライン)が18年ぶりに改定合意されたと報じられました。指針と表現されれば、緩やかな参考程度のものなのかと思ってしまいますが、とんでもない重要合意で、実際は憲法や安保条約を越えて運用されるような条約にも匹敵するものだと解説されています。国民と憲法を通り越して、政府が次々に、重要案件を決めて、これまた重大な既成事実となろうとしています。憲法があるのに無い如くの、あるいはもう既に憲法改正したかの如くの傍若無人の振舞いに見えてしまいます。

 70年の節目が、あれよあれよと言う間に、このような変化の年になるとは誰も思わなかったのではないでしょうか。今、現憲法の大きな危機を迎えています。不穏な空気の中にありますが、しかし一歩譲って、今は改めて私たち一人ひとりが憲法に向き合う好機です。拙速で乱暴な政府の手法に立ち向かうために、憲法を土台とした国民力とでも呼ぶものが育たなければなりません。戦後日本は、経済の好調にかまけて、せっかくの憲法を学んでこなかったとも言われます。日本人一人ひとりの質が問われていますね。