【聖書】

エステル記 5.1~6.1

【説教】
「ユダヤ人モルデカイ」

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夏

 関東甲信地方、そして翌日には我が新潟地方の梅雨明けも続いて発表されました。いよいよ夏本番を迎えます。私の頭にはいつも夏を過ぎるともう冬がちらついてしまいますので、正味2ヶ月のこの夏はとても貴重な時に思えます。暑さと上手に付き合って、充実の夏となるように願います。

 安保法案の行方で、日本にとってはきわめて重要な夏でもあります。今朝の新聞には、新国立競技場案が白紙になったことを、国民全体が支持した様子が報じられていました。当然と言えばあまりにも当然ですが、これさえももう決まったこととして強行される紙一重ではなかったでしょうか。これと同様なことが、何か主体がはっきりしないまま決定されてしまうようなことが多くあるのでしょうか。つくづくと一つの問題をどう決定するか、特に国の関わる決定は怖いですね。その決定があまりにも広範囲の影響力を持つからです。責任者の一人である森元首相の、一国が2500億円くらい出せないのは情けないというような発言も報じられましたが、これが多分本音だとすれば、開いた口が塞がらないようなギャップを感じてしまうのではないでしょうか。政治の論理と言うか、国を動かす権力にある人々の論理と、素朴の国民の気持ちは別世界なのかと思ってしまいます。

 確かに今日はいろんな領域が専門化して、いろんなことに広範な知識を持つことは不可能です。政治的なことは本当は国民にとってはもっとも身近で関心を持つべきことなのですが、これまた政治家にしか分からない世界として、お上任せの無関心が広がってしまいます。その責任は私たち一人ひとりにあるわけですが、しかしこの競技場問題は分かりやすかっただけに国民の大きな関心となり政治を動かすことになりました。これはまた昨今の重大テーマに関わる国民への励ましと教訓ではないでしょうか。安保も原発も沖縄もある意味で競技場よりも大きく切実なテーマです。一部特権者と職業的な政治家たちの専横を許さないために、特にこの夏は目を覚まして熱く祈り求めることが問われていますね。
【聖書】

ダニエル 4-28~37

【説教】
「戦争より危険なもの」

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海岸

 未だ少し残っていた朝晩の寒さが熱帯夜に取って代わられるようになり、確実に夏を迎えたという感じです。また熱中症報道も繰り返されるようになりました。暑さが怖くなって身を引いてしまいがちですが、雪国にとっては貴重な夏でもありますから、夏の戸外も楽しめれば幸いですね。

 危惧していた安保法案ですが、自民党は予定通り、採決を強行しました。多方面の反対で少しは良心を見せるのかと期待しましたが、予定通りとは、全く残念で、怒りと虚しさが募りますが、でもここであきらめてしまってはますます政府の思うつぼですね。国会での数の力に対抗する術が、現実的には皆無といわざるを得ないわけですから、彼らはやろうとすれば何でもできる状況でもあります。それを留める術はただ、彼らの良心待ちとはいかにも心もとない状況ですが、しかしそれゆえにこそ、与党議員の質が問われ、また日本の民主主義の質が問われている正念場です。最後の最後まで変わりうると期待しつつ祈らなければなりません。与党議員の中から良心的造反者が出るならば、それは何とすがすがしいことでしょうか。そんな政治家こそ日本の希望ですから、そんな人が育って欲しいですね。でも衆院を通過しても、参院において更に世論が盛り上がり、その間に国会が良心と理性の場として逆転することを祈りたいと思います。

 それにしても今は、安保法制だけではなく、原発再稼動、沖縄新基地建設、そして新国立競技場問題といい、皆、民意とかけ離れた状況で進められようとしています。全く愚かでおかしな状態なのに改まらないというのは一体何故なのでしょう。一つは企業人や政治家としての利益や建前が優先されるからではないでしょうか。しかし企業人や政治家である前に、一人の人間であることこそが優先されなければならない永遠の原理です。誰も人間としての良心を優先させることが難しいジレンマに立たされることがあります。しかしたといどのような大義があろうと、素朴な人間としての良心に耳を塞いでしまうなら、何の祝福もないことを肝に銘じたいと思います。
【聖書】

詩篇 92

【説教】
「朝に、あなたの恵みを、夜毎に、あなたの真実を」

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説教:朝に、あなたの恵みを、夜ごとに、あなたの真実を by Heavensgate on Mixcloud

 爽香姉のお陰で、遠い岡山まで幸いな旅をすることが出来ました。この地方に入って先ず心に残った景観は、山と言うべきか丘と言うべきか、小さな山々が意外に多いということでした。岡山の名の由来はこの景観から来ているかもと勝手に解釈しました。調べていませんが、もしかして本当かもしれません。

 日本海と比べてどのようなものかと、兼ねて興味を抱いていた瀬戸内海も初めて見ました。もちろん穏やかでした。教会の人によると、岡山は雨が少なく晴れの日が多くまことに過ごしやすい土地だということでした。観光案内にも「晴れの国、岡山」と紹介されていました。爽香さんのお陰で、見ず知らずの岡山が身近になりました。そしてまた長い距離を移動して見慣れた北陸、新潟へと戻り、ほっとしています。やはりふるさとは最高ですね。自分のふるさとが最高とは、それぞれに住む時代と土地を定めた神様の恵みではないでしょうか。

 もちろん結婚式は隆盛兄、爽香姉の二人の愛と素直な人柄にあふれた幸いなもので、また特に若い大勢の友たちが二人に暖かい愛と祝福を送りました。素直な二人はこれからもますます、神と人に愛されることでしょう。今回の旅のもう一つの楽しみは、西大寺教会に出席し、赤江牧師の説教を聴くことでもありました。結婚式と礼拝で2回、説教を聞くことができました。赤江先生は日本のキリスト教会にあって多くの役職を担う福音派のリーダーであり、また西大寺教会は幼稚園や老人ホームも併設するほどの大教会です。でも説教は意外にもというべきか、とても堅実で地味なものでした。堅実で地味というのは、聖書を解説することを中心とする教育的、講解的なもので、感情的に行け行けというものではありません。このようなスタイルで40年以上してこられたのかと、改めて考えさせられました。と同時にこのような教育的、解説的説教にずっと耳を傾けて学び続けている教会員の皆さんにも敬意を覚えました。みことばに聞き、学ぶことは地味なことで時間がかかることですが、みことばの前には人間的な力などは不要なものなのですね。
2015.07.05 賛美礼拝
 7月5日は賛美礼拝でした。賛美に耳を傾けながら、心から主をほめたたえました。

 説教はありません。
2015-07-05ラベンダースティックS

 山井姉宅で7月5日、毎年恒例のラベンダークラフト作りをしました(リボン)。十数人が集まり、初めての人もベテランの人も素敵な作品ができました。

 今年は卵の殻にラベンダーの花を詰めてラベンダーエッグも作りました(イースター)。

 手作りケーキとコーヒーもいただき、楽しいひと時を過ごしました。山井姉に感謝です。
初夏S

 6月が終わって7月に入りました。雪解けの春に感動したのはつい先日のようですが、早や、今年も後半に入ります。時間はいつも過ぎてみれば早いですね。私たちには遅くしたい時間と早くしたい時間があります。喜びの時はゆっくり回り、しかし苦しい時は一刻も早く終わるようにと願います。でも総じて時は早く過ぎ去ると感じるのは、どちらかと言えば苦しいことの多い人生への神の恵みと言うべきなのでしょうか。神は苦しみの日を押し流して、新しい希望の日を次々と創造して、私たちにプレゼントしてくださっていると思えれば、時は私たちの味方ですね。事実、聖書には「これは、主が設けられた日である。この日を楽しみ喜ぼう」(詩18・24)とあります。これからの後半の日々も、このみことばの如く、神からいただく希望の日として喜び過ごしたいものです。

 しかし今日の世界は、喜び楽しむようなのどかさを欠いて殺伐感を増しているように思えます。イスラム国に代表されるようなテロや恐怖政治、中国やロシヤの露骨な侵略や資源競争。日本の安保法制も、平和や和解よりも、国家間の争いを仮定してそれに備えようとするもので、殺伐とした世界を反映しているものでもあるでしょう。社会もまた富を求めて効率化を争っています。殺伐感の原因は、国も社会も競争を原理として動いているからでしょうか。

 社会全体にゆっくり回る時間が失われ、時間がどんどん早回りして、人間がそれに追いかけられているようです。人間の欲望が時間を刺激しているのでしょう。そのしわ寄せは人間にのしかかってきます。効率的文明は人間から休みを奪い、いや休むなといっているようです。しかし主は、一日を楽しみ喜んで過ごしなさいと言われます。何かを楽しみ喜ぶためにはどうしても精神的余裕が必要です。とても現代人には無理な注文で夢のようですが、でもそうならば何と幸いな一日でしょうか。まとわりつく欲望とすべての重荷を神様にゆだね、断固として神のもとでしっかり休み、効率的時間に追いかけられてもスローダウンする知恵を与えられたいものです。