【聖書】

詩篇 31・14~24

【説教】「雄々しくあれ。心を強くせよ」

↓早津牧師の説教 *三角印をクリックすると声が流れます


スポンサーサイト
リオ五輪

 今年の夏は特に4年ごとのオリンピックと重なり、熱い夏となったのではないでしょうか。今回は特に日本選手の多くの活躍が話題となりました。選ばれた選手たちの、更に訓練によって鍛えられたその姿は、まさに人類を代表して神の与えられた能力を最大限に謳歌しているようで、おのずと驚嘆と賛美が湧き上がるものですね。それぞれがまさにそのスポーツを行なうために生まれてきたようなその姿は、幸せで羨ましくもあります。しかしまた勝ち負けの厳しい現実も付きまとう世界でもありますから、一人ひとりの天才たちにも多くの悲哀の物語があることも報じられました。

 三連覇達成で注目を集めたボルト選手が、誰かに追いかけられる夢にずっと苦しめられてきたと言っていましたが、この超人もまた人の子であることを思わされたし、多かれ少なかれ、どんな天才的なアスリートたちにも付きまとう、人間のあるべき自然な姿として好感を覚えました。勝ち負けは天才と訓練の賜物とは言え、やはりそれだけでははかられないものですね。「競争は足の早い人のものではなく、戦いは勇士のものではなく」(伝道9・11)という聖書のことばの深さを改めて思わされます。人間のどんな力も一人歩きできるものではなく、神の力と支配にしたがっていることを覚えることは平安と慰めの道ではないでしょうか。

 選ばれたアスリートたちが、そのスポーツによって輝いている姿は、幸せで羨ましさを禁じえないものですが、聖書によれば、すべての人は、神の栄光のために造られたとあります。一握りの人だけが選ばれているというのではなく、それぞれが神の栄光の作品となるように人生を与えられているということです。果たしてどのようにと輝くのか?と、とても届き得ない夢のように思えてしまいますが、この約束こそそれぞれの人生を導く燈台のようではないでしょうか。誰もこの約束から洩れている人はいません。神にとっては、小さな一人ひとりが皆かけがえのない作品です。陶器師なる神の完全な御手が一生わが身の上に伸ばされ続けていることを感謝したいと思います。
【聖書】

ローマ 12・9~21

【説教】「平和への唯一つの道」

↓早津牧師の説教 *三角印をクリックすると声が流れます
花火

 夏のピークが過ぎようとしています。少し寂しい気がしますが、行く夏を惜しんで恵みを数えたいと思います。今年の夏はオリンピックとも重なり、選手たちの活躍には熱くされるものがありますね。政治的には敵対関係にある国々の選手たちも、一つ舞台でお互いのプレーを尊重する姿には爽やかな感動を覚えさせられ、個々の人間は国の壁を越えて交わりうるものであることを改めて覚えさせられます。でもこれもただ勝ち負けにこだわるだけなら、互いに対する尊重は生まれないでしょう。

 一方国際政治の舞台では、平和のオリンピックとは対照的に、難しい現実を映し出しています。一人の人間が、民族や国となる時、難しさが何倍も増してしまうようです。スポーツ選手たちが国や民族を越えて、お互いの健闘をたたえて手を差し出すようなあり方が、政治の世界でも広げられるなら何と幸いでしょう。

 今日の新聞に、オバマ大統領の核先制不使用の提案について、さっそく安倍首相を始め、各国から懸念や反対の表明が上がっていることが報じられていました。素人の一般人にとっては、きわめて当然な提案に思えても、政治の専門家たちにとっては、頭がおかしくなったのではと思えるほどの提案だというのです。このギャップに政治的な常識の難しさが表れているといえるでしょう。唯一の被爆国である日本が先ず賛意を表して、オバマ氏と連帯することこそ当然と思えますがそうはなれないのですね。同じことは戦争観にも表れます。終戦記念の8月、先の大戦の経験者は口をそろえて、決して2度とこの悲劇を繰り返してはならないと訴えているのですが、政治家たちは戦争の可能性に備えることから離れようとしません。一方で耳障りのいい不戦の誓い表明しながら、軍備と抑止力にこだわります。世界はこの二心で動いているのですね。この二心が世界の基準である限り、平和と戦争はずっと同居したままでしょう。誰も互いを信用できないのですから。夢物語といわれようが、この二心を捨てる勇気ある連帯に加わる人と国が広がることだけが希望ですね。
... 続きを読む
【聖書】

マタイ 12・38~45

【説教】「再び偶像の国にならないように」

↓早津牧師の説教 *三角印をクリックすると声が流れます

セミ

 連日暑さが続きますが、8月も早や半ばです。先日は少し日が短くなっているように感じて、ああお前はもうやってきたのか、と残念な気にもなりました。今年の夏、それぞれにとって何か良い記念が刻まれれば幸いですね。

 ちょうど今週は70年前の終戦の日と重なります。この日の鮮烈な記憶を止めている人たちはもう80代以上だと思いますから、だんだん減少しています。しかし語り継がれる記録等で、この日の衝撃は戦後世代の私たちにも伝わってきます。多くの国民は大きな虚脱感の中で呆然と立ちすくんだ時を過ごしました。そしてそこから少しずつ立ち上がって今日の平和と繁栄の時代を築いてきました。この70年の歴史を思うとき、ただ人間の手が今日を有らしめたとはとても思えません。もちろん人々が必死になってその日を生き、指導者たちは復興のために様々な手を打ったでしょう。しかし厳密に考えれば、人間は誰も一年後さえ確かには設計できないのですから、70年の歩みは人間の手を越えた様々な要因が組み合わされて今日に至っているというべきでしょう。

 私たちはクリスチャンとして、神の憐れみと恵みの御手を思わずにはいられません。そしてその最大のものとは日本国憲法ではなかったでしょうか。具体的な成立過程はGHQ内部の選ばれた人々の手によっていました。ほとんど名前が注目されないこれらの人々によって、世界に二つとないといわれる憲法法案が日の目をみることになりました。まさに神様が乗り移るようにしてこの人々を用いて、この日本に理想的で革命的な法案をプレゼントされたといっても大げさではないように思えます。
以来この憲法は、理想を高く掲げるゆえに、現実とのはざ間で数々の波にさらされてきました。しかしその波にさらわれることなく、今日までその理想の光を高く掲げて、燈台のごとく戦後の日本の歩みを照らし導いてきたといえるのではないでしょうか。今、世界の状況は更に大きな現実的な波に飲み込まれようとしています。このような時代だからこそ、この燈台が確かな光を掲げ続けるように、私たちもまた燈台守でありたいものです。
だと思わされます。
【聖書】

ミカ 4・1~5

【説教】「敗北を抱きしめて」

↓早津牧師の説教 *三角印をクリックすると声が流れます

暑さ

 8月に入りました。毎日、平均30度以上の日が続きますが、貴重な一月ですね。子どもの頃、暑さなど何も気にしないで外で遊びまわったことが、今では不思議でさえありますが、暑さとうまく付き合いながら夏を楽しみ、一日一日の貴重さを味わいたいと思います。

 8月は毎年、特に戦争の愚かさと敗戦を記念したいと思います。現在の日本はどんなにこの戦争の教訓の上に成り立っていることでしょうか。しかし戦後70年といわれます。だんだん戦争世代が地上を去りつつあります。それと同時にどうしてもその記憶が薄れてしまうことは避けられません。それを象徴するように、自民党は憲法改正(もちろん改悪ですが)を声高に主張するようになりました。戦前の精神を党是としているような自民党は、元々この平和憲法を目の上のこぶのようにみなしてきたのであり、じっと耐えてこの憲法を葬る機会を狙っていたというべきでしょう。改正の目論見は、これまで幸いにも確固とした頼もしい戦中平和世代に跳ね返されてきました。しかしだんだん世代交代が進む中で、日本の雰囲気は、頑固さを失って柔らかくなってきたというべきでしょうか。それはやはり時の経過と共に次の世代へと入れ替わるにつれて、危機感を抱きにくい無関心層が増大しつつあるということでしょう。

 この時代の変化に呼応するように、守旧派のヒーローである安倍首相が登場し、高い支持率で長期政権を目指しています。守旧派にとっては長年来の悲願の憲法改正が目前まで来ている好機と捉えているでしょう。今回の参院選の結果も、憲法問題の危機感が残念ながら国民全体には共有されていないことを表しているでしょう。反動的な若手政治家たちが首相を取り巻いて、閣僚として重用されていることも気になります。時代の雰囲気は今、じわじわと闇の力が侵略しているような不気味さを覚えますが、毎年めぐってくる夏は、改めて戦争の悲劇と愚かさが確認される好機です。日本にとっては、先の大戦の負の歴史こそ、2000年に渡る日本史の中で、最も記念されるべき最高最大の民族の宝とすべきではないでしょうか。