【聖書】

詩篇 37

【説教】「人生の隠れた土台」

↓早津牧師の説教 *三角印をクリックすると声が流れます



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2017-01-18妙高山

 ちょうど1月の半ばを迎えます。ここまでほぼ雪の無い?冬となったことは意外ですが、大分得をした気分ですね。2月も半ばを過ぎればもう春に向かいますから、冬も後正味一ヶ月ということになります。もう先が見えてわずかな期間ならば、それを楽しみに、厳しい冬も歓迎したいと思います。

先回はポスト・トゥルースなる語に触れましたが、今回はまたその同類のフェイクについてです。この耳慣れないことばがマスコミに登場するようになりました。辞書によればこの意味は「偽造品」「作り事」「虚報」「でっち上げ」となっています。両語は共に、トランプ氏の登場と深く関っています。トランプ氏の大統領就任までカウントダウンとなり、今世界の関心はもっぱら彼の言説に集まっています。既に大統領選の時から彼はフェイクを平気で多用し、アメリカ社会を巻き込み、それが彼の命取りになるどころか、かえって人々を惹きつけ、何と勝利を手にしてしまったのです。そして今もまさにそのスタイルで盛んに発信し、回りはそれに振り回され、戦々恐々としているとさえいえる状況です。国民には相手にされないだろう、簡単に失脚するだろうとの大方の予想に反して、熱狂的支持者を集め、大統領に就任しようとしています。あってはならないことが現実となったということが多くの人の思いではないでしょうか。

 このトランプ氏が聖書に手を置いて、大統領就任の宣誓をするなんて、悪い冗談と思えてしまいます。聖書は言うまでもなく、うそを言うことを十戒において最大の道徳的罪として禁じています。もちろん人間は誰でも、ついうそをついてしまうことは避けられないほどの弱さを持つものですが、平気で、何か戦略的にうそを言うとなると、それは別問題です。神に対する大きな挑戦として必ず災いを刈り取ることになるでしょう。でもトランプ大統領の誕生をアメリカ社会が容認したことは、時代があえて神に挑戦しようとさえしているのかもしれません。どんな状況であろうと、フェイクに耳を傾けたり、市民権を与えることなく、神を恐れて、フェイス(真実)をこそ自らに養うようにしたいものです。