【聖書】

Iコリント 12.1~11,27~13.3

【説教】「神の賜物に生きる、そしてさらにまさる道」

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フキノトウ

 今年の「春一番」はその強風ぶりが話題になりました。この言葉はことに雪国にとっては、うれしい大歓迎のことばですが、確かにこのところは大風が周期的に襲来する感じですね。大雪は大変だと言っても、まだ時間的余裕を持って迫ってくる分、優しい自然とも思えますが、大風は瞬間的な暴力のようですから、厄介者ですね。日本語の風という言葉も、本来はそよ風に代表されるような爽やか慕わしいものというイメージではないかと思いますがすが、これからは少し変わっていくかもしれません。日本列島がいつまでもそよ風の島であって欲しいと思ってしまいます。

 トランプ政権が誕生して1ヶ月が過ぎました。依然としてトランプ旋風が吹き続けています。大統領に就任すれば、選挙期間中のような言動はさすがに沈静化して、良識的な運営になっていくだろうとの大方の予想に反して、その厚顔ぶりは衰えません。多くの人にとっては新しい人種を見るような思いではないでしょうか。アメリカのトップはある意味で世界のトップでもありますから、その影響は甚大です。いつまで強権ぶりが許されるのでしょうか。新しい人種と言いましたがまさにそんな人間の出現のようですね。平気でうそを言う、それを指摘されても開き直り、そのうそを撤回しないばかりか、それを更に正当化するような論理で押しまくります。有り得ないだろうと思ってしまいますが、洗剤の宣伝の如く有り得ているのですね。有り得ないだろう、そのうち変わるに違いないという予想こそ修正しなければならないのかもしれません。

 この新しい人種を象徴することばが、ポスト・トゥルース、フェイク、アルタナティブファクト等でした。その中心にあるのが戦略的にうそを多用していることです。聖書によると、アダムとエバが堕落したのは、悪魔のうそに耳を傾けてしまったからでした。悪魔は真っ赤なウソを何のためらいもなく自信たっぷりにささやいたのです。悪魔は「偽りの父」とも定義されています。今、悪魔はまたあからさまに、うそによって人類を堕落させ、偽りの子ら、新しい人種?を造り出そうとしているのでしょうか。
【聖書】

ローマ 12.1~8

【説教】「柔和と謙遜の道」

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雪解けjpg

 今年もとうとう「雨水」を迎えます。温暖化の影響でしょうか、あるいは克雪文化の進歩によって、雪国の冬も昔ほど大変なものとはならなくなりました。そのためこの季節の感動もまたそれほどではなくなっています。3、40年前の頃は、2月の方が大雪に見舞われたような記憶があります。その2月が20日頃を境に天気が急激にゆるみ出し、雪が溶け出して冬が終わるのを身をもって実感したことを思い出します。昔の人たちが24節季で表現した味わいは今日では、だんだん遠くなってしまっているようです。

 技術の進歩による自然との分断は、便利さと引き換えに様々な負の影響も与えています。今日の大きな問題である長時間労働もその一つでしょう。その弊害が深刻となり、ようやく法規制に乗り出そうとしています。昔だったら夜は光が消えて、自然と休むものであったものが、今は24時間煌々と灯りが灯っています。まるで夜が明るいことが先進国の証しかのように、また人類は夜を征服したかのように活動をやめません。コンビニが時間的便利さを提供することで成功し、更にその成功を追い求めてセブン・イレブンだったものが24時間営業となりました。そして大型商業施設は、競って元旦から営業するようにもなりました。行き過ぎだと思いながらも、私たちはその便利さを受け入れてきたのではないでしょうか。

 人間はおかしいと思うことでも、慣れてしまうものですね。便利さの方が、私たちの自然的な感覚を少しづつ麻痺させてしまうかのようです。今の経済は便利さをお金で買って、便利さを生み出す経済活動のために長時間労働を強いられているともいえないでしょうか。でもそのツケを人類は今、まとめて払う時期に来ているのかもしれません。聖書によれば休むことは神の命令です。その代表が七日のうちの一日を休めという安息日の定めです。それはただ肉体を休ませるためではなく、人間の欲望の節度あるコントロールを定めたもので、まさに今日的で予言的な永遠の知恵と言えないでしょうか。人間と社会が、この慰めに満ちた神の命令に耳を傾け、少しでも安息の時間を取り戻せますように。
【聖書】

マタイ 11.25~30

【説教】「世に勝つ者とは誰か」

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雪の足跡

 朝晩の冷え込みは強いですが、日中は春の雪が舞うような風情となってきています。大風が周期的に吹きまくるのはありがたくないですが、これもまた季節が移り変わっている証拠なのでしょう。もう少し忍耐しつつ、「雨水」を指折り数えたいと思います。

 世界ではトランプ台風が依然として吹きまくって、当分収まる気配が見えません。マスコミにとっては視聴率向上の格好の材料となり、私たちの関心もどうしてもそこに行ってしまいますね。世界中を自分に注目させていることこそ、彼が成功している戦略なのかもしれません。踊りたくなくても皆が踊らされている状況でしょうか。今は日米首脳会談を目前にして、特に日本では緊張が高まっています。今まで相手にしたこともないような無頼の大統領とどう接したらいいのか頭を悩ませています。

 しかしこれまでの短期間で見えてきたことは、日本としてはますますアメリカ依存を強めることに変わりはないようです。異色の大統領が誕生したことで、日米関係が何か根本的に見直される好機かとも思いましたが、政権は現状維持と事なかれ主義を露骨に推し進めようとしているようです。必死で先ず、強い大統領の機嫌を損ねまいとしています。朝貢外交なる語がマスコミに頻繁に登場しています。アメリカへのポチ化は残念ながら強化されるようです。その例が、沖縄の民意の必死の抵抗にもかかわらず、辺野古沖の埋め立てがあっけなく再開されてしまったことです。アメリカの政権交代は、善き変化の好機と淡い期待をしましたが、政府にとっては強行の好機としか考えなかったのでしょう。本音は強い日本復活を悲願とする自民党とその中心にいる安倍首相にとって、全く矛盾した恥ずかしい二重構造と見えてしまいます。この世界は強い圧力を持つものが有利にことを進めるようです。強い者勝ちという現実が横行するとは言え、弱い者の権利を守ることこそ神の視点です。強さに取り入り、おもねる誘惑は強力ですが、弱さにつく謙遜と強さをこそ訓練されたいものです。
【聖書】

創世記 32.3~31

【説教】「ヤボクの渡し」

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↓金谷山からの遠望(米山ほか)
金谷山からの眺め

 2月を迎えました。まだまだ厳寒期ですが、何と言っても2月は希望の月ですね。季節が冬から春に入れ替わるからです。春を実感するのは確かに3月というべきかもしれませんが、しかし小さいわずかな春を告げるこの季節は、より味わい深いといえるのではないでしょうか。どんなに冬が猛威を振るっても、春の勝利が確実に近付いていることが明らかなこの月の味わいは、死と悪魔に対する信仰の勝利の確実性を喜ばしく告げている聖書の世界とも重なります。

 この喜ばしい春に向かう世界にとって、アメリカのトランプ大統領は春の嵐ならぬ冬の吹雪の如くと言ったらいいでしょうか。春の嵐は春を告げる喜ばしいものですが、彼の言動は冬へと逆戻りさせるような混乱をもたらしているからです。連日大統領令に振り回される世界の状況が報道されています。ほとんどの人にとって、彼の言動は、一体何を考えているのか、正気なのかと思われているのではないでしょうか。それが今世界のトップに立っているのですから影響は甚大ですね。フィクション映画を視ているようですが、フィクションではなく正気だとなると、この物語の結末はどうなるのでしょうか。

 彼にまつわって、また耳慣れない「アルタナティブ・ファクト」なる語が登場してきました。先に紹介した「ポスト・トゥルース」なる語と連なるものでしょう。どう訳したらいいのかその概念が今一つはっきりしませんが、「もう一方の事実」というふうに紹介されていました。一つの事実があるとしても見方によって逆に取れるというような意味でしょうか。確かにこれは物事の一般論ともいえますが、問題はどこから見るかということです。トランプ氏とその取り巻きは、自分達の独特の視点を採用して、その厚顔振りをはばからないようです。人は誰も自分の視点は避けられないものですが、それが高じれば、自分に都合のいい事実だけを作り出すことになります。アルタナティブ・ファクトが横行する世界、それは空恐ろしいですね。基準なくさ迷う世界にあって、神がご覧になるように見る視点を心して訓練したいものです。