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ゴーヤ


 猛暑のピークが過ぎてこれからは残暑の季節へと移行していくのでしょう。連日の暑さ報道を聞きながら不思議に思うことの一つは、どれだけ暑くても40度がほぼ上限のようであることです。北よりも南がもっと暑くなっても良さそうなのに、九州や四国もそれ以上にはならないようです。零下の幅は広いですが、暑さの方は熱帯のアマゾンもほぼこのレベルというのは不思議ですが、これもまた天の配剤なのでしょう。しかし今夏はあちこちに木々の半枯れ化が見られました。それだけ植物にとっても厳しい暑さだったのでしょう。

 先日、日本の防衛をめぐっての特集番組がありました。討論者の意見は二分されました。一方は、もっと防衛力を高めて備えなければならないという主張で、他方は、これ以上防衛力の拡大をすべきではないというものでした。それぞれに根拠があり、これからもずっと二分される悩ましい問題です。これらは結局、人間をどう見るかにかかっていると言えます。一方は人間や国家は楽観的に信じるべきではなく、侵略の可能性をいつも計算していなければならないとするもので、他方は、それ以前の対話や理解の可能性を重んずる立場です。悩ましいと言ったのは、人間性の本質はこれら両面を持っているからです。特に悲しいかな、侵略的な悪を併せ持っている人間性の負の現実は聖書の人間論においても明らかだからです。この現実がある限り、防衛力の温存と強化は、国家の無視できない使命とさえ言えるでしょう。

 先日もブラジルの佐藤宣教師から相変わらずの悩ましいブラジルの治安状況を聞かされました。ブラジルでは高い塀を張り巡らすことは当然であり、押し入られたり、物を取られたりする方が悪いといった感覚が常識でさえあるということです。自己防衛のためにお金と労力を注がなければならないのです。私たちは高い塀のブラジル社会や、銃保持のアメリカ社会を安全保障のモデルとせざるを得ないのでしょうか。しかしたとえ困難でも、塀と銃を克服していくべきということが、聖書のメッセージであると信じます。
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