梅雨

 6月が終わり、今年もちょうど前半期が終了します。時はいつもながら過ぎてみればあっという間ですね。しかしその中にはいろいろな出来事や物語があります。その渦中にあっていろんな戦いや葛藤を経験しつつの私たちの旅路です。しかし過ぎてみて総括する時、それらの一つ一つや全体は、自分が支配していたとはとても思えないのではないでしょうか。大きな御手に守られてここまできていると思えるのではないでしょうか。もちろんこの世界の常識はこの御手のことは認めようとしませんが、私たちは聖書を知る者として、ますますこの方の御手を意識して歩んでいきたいものです。

この世界は今様々な問題で飽和状態にあるかのごとくです。イギリスとヨーロッパの問題がまた新しい大問題として世界中に不安 を与えています。21世紀になって、人類はますます落ち着いた成熟と平和の時代を迎えるはずではないかという私たちの予想に反して、次々と新しい問題が発生し、地球という船は嵐に翻弄されて沈没に向かっているのではないかと本当に思えてしまいます。この地球丸の舵取りは一体誰ができるのでしょうか。進歩の合言葉であるようなグローバル化が今では恨めしいようですね。我関せずと、自分の家と庭に閉じこもって、廻りの騒ぎと無関係に自分だけの平和を守れる時代ではありません。日本の江戸末期を襲った開国か鎖国かの大嵐が世界中を席巻するようになりました。今となっては鎖国時代の平和と後進性が良かったのではと思えるのも一理あるかもしれません。イギリスも何かそんな郷愁を持ったのでしょうか。遅れていても自給自足の平和と、経済発展の衝突とどちらがいいのかと思えなくもありません。もちろん世界の逆戻りができるはずもありません。でも開国もグローバル化もその一番の動機は露骨な経済原理によって動かされているのではないでしょうか。今は、国も人間もいっそう経済の奴隷の如く縛られて身動きできなくなっているように思えます。不安な時代はますますお金を崇拝させるようです。こんな時代だからこそ、“空の鳥を見よ”と言われた主をこそ求め、信頼して歩みたいものです。
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