梅雨明け

 梅雨明けが宣言されました。今年も梅雨の季節が災害に至るケースがあちこちに起こりましたから、どんな年になるんだろうかと思いましたが、梅雨明けは平年通りだと知らされて意外な感じもしましたが、一方で狂いのない自然の営みに安堵しました。いつもながら自然の恒常性は、私たちの生活と精神にとって、計り知れない安心の土台であると思わされます。朝起きたらいつもの山が無くなっていたというような事態が日常的になったら、一体人間の精神はどうなってしまうでしょうか。動かないものがあるということは幸いです。

 自然に比して人間社会は激しく動いています。そして近年はそのスピードがますます速くなっています。特に技術と産業の分野は日進月歩などという表現はもう古典的になるほどの状況ではないでしょうか。携帯も持たない私にとってはまるで別世界です。しかし社会の変化の圧力は誰をも一人の別世界に平和には置いてはくれません。変化のスピードが現代人に及ぼしている負の影響は相当なものといえるのではないでしょうか。「のどかでゆっくり」などという言葉はやがて時代にそぐわない場違いな禁句になってしまうかもしれません。

 今、特に世界各地で起こっている暴動や内乱、そしてISのような破壊活動も、激しい変化のグローバル化がもたらした鬼子といえるかもしれません。私のイメージでは中東やアフリカは、平和で穏やかに時間がゆっくり流れる世界でしたが、変化のグローバル化がそのゆっくりな時間を奪ってしまって、それゆえの不適応現象があちこちで起こっているのかもしれません。ですからのどかさを取り戻すことは時代錯誤のようですが人間を守ることでもあるでしょう。聖書は私たちに決して動かない永遠の神に目を留めて、動くことをやめて静かにするように招きます。安息日の定めは、何千年前の古代東方世界のものではなく、きわめて現代的な永遠の知恵です。静まって神を待ち望むなどというあり方は、この時代にあってはたわ言のように非難されても、こんな贅沢な生き方を努めて守りたいものです。
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