FC2ブログ
2013-11-14南葉山

 今年の初雪ながら南葉山の中腹まで雪が降りてきました。例年より早いようですが、感動と共にいよいよ冬の使者を迎えたという思いです。少し前からも柿崎線沿線の田んぼでも何度か白鳥も見るようになりました。でも11月ですから、まだ暖かい小春日和のプレゼントも期待しながら冬に備えたいと思います。

 先日は霜鳥兄の洗礼式が無事行われました。年齢やそれぞれの置かれた立場によってその受け留め方は個人差がありますが、日本社会において洗礼を受けるということはやはり大きな決断ですね。主イエスも信仰の道を狭い門から入る細い道として人々に問いかけました。その招きを前にすれば誰もためらいを覚えるものですが、しかし狭くあっても、これこそ人類が招かれている祝福の大道であること覚えて励ましを受けたいと思います。

 聖書を読んで気付くことは、よく相容れないような二つの教えが並存して書かれていることです。その代表が神の優しさと厳しさという両面です。聖書には神の優しさと慈しみがあふれています。どのような失敗も罪をも赦して、回復し立たせて下さるというその愛の深さははかることができず、天にまで及ぶと表現されます。この深い愛と恵みにすがることができるので、私たちには希望があるのです。

 しかし一方で、あなたは自分のいのちさえ捨てて主に従いなさい、後ろを振り返らずに、命がけで唯一つの祝福を選び取りなさいとも警告します。矛盾しているようですが、これらは愛に満ちた天の父の同じ口から出ているのです。少し考えればわかるように、これらは真の愛の両面なのです。人間の親もまたこのような愛をもって我が子に接するでしょう。人間にはこの両方をしっかり聞き分ける子どもの心が求められています。言い換えれば厳しさを恵みと捉える知恵です。考えてみれば本当に最善のものとは一つだけではないでしょうか。次善のものは二つ三つとある広い道です。最善のものを分かりながら、私たちはこの二つ三つと妥協しやすいものです。命がけで一つを選ぶ、そんなスピリットが魂の健康へのチャレンジですね。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://araiheavensgate.blog.fc2.com/tb.php/56-d931fd20