山茶花

 新しい年2014年おめでとうございます。主の恵みによってまた尊い一年が加算されるであろうことを謹んで感謝したいと思います。確かに一日一日が繰り返されることさえも当たり前ではない恵みならば、一年はその365日分が込められているわけですから重いものですね。若い時はこのような感覚を覚えることもありませんでしたが、加齢とともに自然にそのような思いにさせられます。主がそのページを開かれ、そして与えてくださる一年ならば、それは確かに良い一年であり、恵みの一年に違いないことを信じて歩んで行きたいものです。

 AD2014年と改めてその年数を数えてみれば、主キリストがこの地上に救いのみわざを刻んでから既に2000年以上を経ることになります。聖書の歴史を振り返るならば、信仰の父と呼ばれるアブラハムは、約BC2000年に、すなわちキリストがこの地上を訪れる2000年前に、まだ見ぬキリスト、やがて救い主として来られるキリストを信仰によって仰ぎ固く信じました。 驚くべき信仰でした。

 一方私たちの場合はキリストを見てはいませんが、でも聖書という確かな歴史的記録によって、いわば過去を見ながら信じていることになります。そして共に2000年を刻んだことになります。軽率には言えませんが、神の摂理が大きく動くような意義深い年代に十分達していることを覚えながら、目を覚まして今の時を生きたいと思わされます。

 先のアブラハムの信仰に戻りますが、過去を見て信じている私たちよりも、まだ見ぬ未来を見る如くに信じた彼の信仰は、何倍も難しいことは明らかです。それゆえ彼は神によって信仰の父と呼ばれています。驚くべき信仰ですが、主は、アブラハムのように、わたしたちにもその如く信じて歩めと招きます。確かに見えるところにはよらないのですね。今見えるところの良し悪しが、これからの歩みを決定するのでもありません。

 そういう意味では未来は決して過去の延長ではありません。無から有を取り出す神こそが、未来の主であることを覚えて、新しい年も精一杯主に期待して歩みましょう。
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